医療安全よもやま話
2023-01-20
医師に対する時間外労働の上限規制、いわゆる「医師の働き方改革」の適用開始が令和6年4月1日に迫り、多くの医療機関で適用開始に向けた取り組みが佳境を迎えています。ブラック労働と評される過酷な医療現場の労働環境の改善に期待が膨らむ一方、COVID-19への対応で露呈した医療システム全体の脆弱性や、医師の偏在などの根深い根本問題が積み残しとなっている現状では、「自己研鑽」が嵩むだけの絵に描いた餅になりかねない危機感も消し去ることができません。
Twitterを買収したイーロン・マスク氏が長時間労働を社員に求めたというニュースが流れましたが、かつてモーレツ社員や企業戦士などと称賛された自己犠牲を伴う働き方は、すでにオワコンというのが世間の風潮でしょう。
かく言う私も、今ならブラック労働と称される研修医時代を過ごしてきた一人です。医療安全の節目でもある2000年に研修医となった私は、徒歩1分足らずの寮の自室に、1ヶ月間、一度も帰ることができないICU研修など、早朝、深夜を問わない「狂騒」的な研修生活を送り、当時は大きな疑問もなく過ごしていました。
医療の安全性を確保する上で、医療従事者の健全性が基盤にあることは言うまでもありません。WHOは、Global Patient Safety Action Plan 2021–2030の中で「Health worker safety」を、米国のNational Action Plan to Advance Patient Safetyの中では、「Workforce Safety」をそれぞれ採り上げて、医療従事者の安全が、医療安全の基盤であることを明確にしています。労働時間規制は、医療従事者の安全確保そのものであり、医療の安全性向上に向けた大きな一歩であることから、仏造って魂入れずにならないよう自戒する必要があります。
実効的な労働時間規制の実現のためには、乗り越える必要がある大きな山がいつくもあります。「競争」や競合が拭えない地域の医療機関における機能分化もその一つであり、痛みを伴う統合や集約も考慮する必要があります。タスクシフトや医師の偏在対策も一層進める必要がありますが、実現までには相当な時間を要することでしょう。
労働時間規制は、医療従事者の安全を向上する反面、医療サービス全体の安全性や質の低下をきたす懸念も当然にあることから、こうした側面への目配りや入念な準備も欠かせません。他方、限られたリソースの配分には限界もあることから、利用者側である患者や家族に現状を知らせて協力を求める必要もあります。医療サービスのあり方のリフォームを患者や家族と共に進めていく「共創」が、今後ますます必要になっていくでしょう。
私は現在、本学会創設以来「パートナーシッププログラム」として取り組まれてきた事業を引き継いだ「患者・市民参画推進委員会」の主担当理事として、医療の質と安全性の向上に向けた患者や市民の医療参画(Patient & Public Involvement)を推進する取り組みを担当しています。患者や家族と創り上げていく医療の実現を目指し、取り組みを続けて参ります。
山梨大学医学部附属病院 医療の質・安全管理部
特任教授 荒神 裕之