医療安全よもやま話

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第45回:最近感じる「違和感」について ー田畑 雅央ー

医療現場において、「医療安全(患者安全)」は絶対に守るべきものである。
そのことに疑いの余地はなく、私自身もそう信じている。
私自身、2004年から、関わり方に濃淡はありながらも医療安全に携わってきた。
しかし最近、その「医療安全」が、少し息苦しく感じられることがある。

2016年に当院で開催した医療安全講演会で、講師の先生が語られた「医療安全官僚主義」という言葉が、なぜか頭の隅にずっと残っていた。
その意味を改めて考えさせられる場面が増えてきたように思う。

令和8年度の診療報酬改定では、医療安全対策加算など、医療安全に関する診療報酬上の評価は確かに引き上げられた。
しかし実感としては、増えた評価以上に、今春の医政発通知で医療安全部門に求められた業務量や責任の増加の方がはるかに大きいと感じる。
国や社会からの要請に応えるため、体制整備、記録、研修、確認、報告など、求められることは年々増えている。
限られた人数で医療安全を担っている施設では、その負担は非常に大きいと聞く。
この通知と改定を見たとき、私がまず感じたのは、率直に言えば違和感であった。

この違和感の正体は何だろうか。
しばらく考えていて、一つ思い至ったことがある。
それは、「医療安全部門は、実は信頼されていないのではないか」ということである。
管理側や社会が、医療安全部門や現場を信じられないために、可視化され、確認可能で、監査しやすいルールや記録に依存して管理しようとしているのではないだろうか。
そして、私たち医療安全部門自身も、同様のことをしてはいないだろうか。

そうであるなら、今、「プロフェッショナル・オートノミー」が改めて問われているのは、医療安全部門そのものなのかもしれない。
医療安全部門が自律的に動き、規則の網の目や書類で現場を縛るのではなく、信頼に基づいた、柔軟で強靭な文化をどのように育てていくのか。
その問いに、私たちは向き合わなければならない。

私の所属する部署のイメージフラワーは「グラジオラス」である。
花言葉は「たゆまぬ努力」。
2001年に当院に医療安全推進室が設立された際に定められたものである。

制度は変わり、社会の目は厳しくなり、求められる役割も日々増え続けている。
それでも、現場では職員一人ひとりが、患者のために日々悩み、考え、努力している。
その姿を信じることなしに、本当の医療安全は成り立たない。

医療安全部門に求められているのは、いたずらにルールを増やすことではない。
制度と現場の間に立ち、「これは本当に患者の安全に役立つのか」と問い続けること。
そして、自分自身が職員を信じ、支え、ともに悩み、学び続けることである。

「医療安全官僚主義」に陥ることなく、日々地道な努力を積み重ねる。
結局のところ、自分にできることは、その「たゆまぬ努力」しかないのだと最近思う。


東北大学病院 医療安全推進室
室長 田畑 雅央