医療安全よもやま話
2024-11-28
私は、日本の多くの方が、医療従事者の資格は高い専門性を担保するものだと認識し、「医療」を信じているのだと思っている。
一般の人では扱えない医療機器を使い、画像やデータを読み取り判断し、横文字の薬品名や医療用語がしばしば会話に使われる状況は、自然と医療者と患者の間に権威的勾配をうみやすいのかもしれない。
医療従事者からの説明について理解していない状況でも、多少のことは飲み込み、とにかく治療に従順に従うことが「よい患者」としてあるべき姿勢なのだと思っているという声が今も患者会に日夜届くのが現状である。
10年前、夫がスキルス胃がんという難治がんに罹患し、突然命の限りを告げられた。
「治らない」という状況は受け入れ難いものだった。
辛さや痛みを耐えるのが患者として努力できることなのだと思っていた。
「わからないことは質問を」と言われても、何を質問していいかさえわからない状況であった。
とにかく助けてほしい一心でうなずいていた。
私が患者家族として経験した大きな転機は、診察を待つ待合室で、たまたま通りがかった看護師さんが、夫の手足症候群を認め「このようなことを医師に伝えてください。データに表れない症状、生活で困っていること、感じていることを話してくれることが、より良い医療のために大切なのです」と話してくれたことだった。
一方的に従うのではなく、こちらからも情報を伝えていくことで、QOLが大きく向上する経験をした。
あの時の一声が私たちの生きる日々を変え、さらに今の患者会活動に繋がっている。
対話する重要性に気づいてから、薬の名前や投与にも意識が向くようになった。
違和感を伝えたことでエラーを防げた経験も複数回あった。
私は今、患者会活動の中で、「自分が受けている治療や薬剤の名前を意識すること」「違和感を伝えること」の大切さを繰り返し発信している。
医療は「与えられるもの」ではなく、「共に最善に向かうもの」という意識が医療の受け手側にも必要な啓発だと思っているからである。
『質問は躊躇わず、いつでも連絡してください』という貼り紙が診察室の扉にあり、勇気をもって連絡したことで救われたという事例もあった。
私は遺族となった。
残念ながら世の中には変えられないことがあることも知った。
でも変えられることがある体験もした。
勇気をもって踏み出した一歩、一言がより良い医療としてすべての人の生きる日々を支えることを願っている。
認定特定非営利活動法人 希望の会
轟 浩美